ハンニバル・レクター博士とは?
アンソニー・ホプキンス-(C)Getty Images
映画では1991年公開の『羊たちの沈黙』で初登場したハンニバル・レクター博士。原作小説では「羊たちの沈黙」以前に「レッド・ドラゴン」という作品に脇役として登場したのが初登場です。「羊たちの沈黙」は主人公であるFBI訓練生・クラリスとの危うい関係が見どころのひとつでした。
「羊たちの沈黙」で人気キャラクターとなって以降は彼を主人公とした「ハンニバル」や「ハンニバル・ライジング」が刊行され、それぞれ映画化されています。アメリカ映画遺産を保護する機関AFIによる「アメリカ映画の悪役ベスト50」で第1位にランキングされるなど、強烈な印象を残した人物。
『たかが世界の終わり』(C)Shayne Laverdiere, Sons of Manual
レクター博士は高名な精神科医であり、猟奇殺人をいくつも犯したシリアルキラーでもあります。殺害した人間の臓器を食べることから「Hannibal the Cannibal」(人食いハンニバル)と呼ばれています。
リトアニア生まれで、2歳で早くも読み書きができるようになり、6歳になる頃には英語・ドイツ語・リトアニア語の3ヶ国語を話せるようになったという天才。特殊な記憶術の指導を受け、記憶力も抜群です。まだ幼かった第2次世界大戦中に戦禍で両親を失いました。
マッツ・ミケルセン -(C) Getty Images
両親亡き後は妹と2人で潜んでいました。しかし、リトアニアの厳しい寒波に閉じ込められ、飢えた同郷の者たちに妹は殺害され、食料にされてしまいました。この事件がレクター博士の人格形成に大きく影響しています。
戦後、レクターは孤児院を経てフランスに住む叔父夫婦に引き取られました。このとき、叔父は絵画を、叔母は日本語や和歌などの日本文化をレクターに教えます。医科大学へと進み、解剖学を学び、優秀な成績を修めますが、その一方で叔父夫妻に無礼を働いた男を殺害、また時期を異にして妹を殺害した者たちへの復讐を行います。こうして彼は連続殺人犯となったのです。
『幸せの1ページ』 ジョディ・フォスター photo:Yoshio Kumagai
叔父夫妻に無礼を働いた男を殺害したときは、レクターは叔母が所蔵していた日本刀を持ち出していますが、男の頬を切り取って食べるという行動に出ています。はじめての殺人ははじめての食人でもあったのです。
妹を殺害した者たちに復讐したレクターですが、全員を殺害した訳ではありませんでした。最後の1人の行方を追って、アメリカへと渡ります。そこでさらに医学を学び、精神科医として独立。医師としても優秀でその腕は評判となりましたが、同時にレクターの異常性の扉も開かれていきます。自分の患者を殺害して食うという猟奇殺人を繰り返すようになるのです。
ホラー作品-(C)Getty Images
この後数年、警察及びそれに類する機関に逮捕されることがなかったことから、レクターは智略に長け、その犯行は用意周到なものであることがうかがえます。FBIのウィル・グレアムに突きとめられる(『レッド・ドラゴン』)まで、レクターは在野の精神科医であり続けます。
シリアルキラーとは?
『ハンニバル・ライジング』 メイン
「シリアルキラー」とは連続殺人犯のこと。1ヶ月以上の長期間に渡って一定の間隔を置きながら殺人を繰り返すのが特徴。一度に大勢を殺害したり、毎日どこかで誰かを殺害しているというような場合は「シリアルキラー」とは別の言葉で分類されます。
みなさんも既にご存じのように、「シリアルキラー」という言葉はロバート・K・レスラーという元FBI捜査官によって提唱され、一般的に使用されるようになりました。レスラーは映画『羊たちの沈黙』をはじめとするレクター博士が登場する作品の原作小説を書いたトマス・ハリスに情報を提供した人でもあります。この情報をもとにハリスは「レッド・ドラゴン」や「羊たちの沈黙」を執筆したのでした。
マッツ・ミケルセン/『ドクター・ストレンジ』インタビュー
シリアルキラーは連続して殺人を犯す者ですが、少なくとも3件以上の殺人を続けている同一の犯人を指します。シリアルキラーが犯す殺人の多くは快楽殺人、欲求を満たすための殺人です。その欲求とは性欲・スリル・営利の3つに分類されます。
性欲に基づく快楽殺人は被害者に対して支配欲・権力欲などを持つ傾向にあり、拷問のように苦痛を与えながら殺害する欲を持ちます。刺激や興奮を求める快楽殺人は同様に苦痛や恐怖を被害者に与えようとしますが、性的接触は望みません。
『地獄愛』(C)Panique / Radar Films / Savage Film / Versus Production / One Eyed - 2014
また、物質的な利益や快適な生活を求める営利の快楽殺人もあります。このタイプは家族や親しい者を手にかけることも多々です。
そのほか、未知なる者に示唆される、何らかの使命感と信念によって、あるいは自らの力の誇示のために連続した殺人を犯すシリアルキラーもいます。彼らは秩序型・無秩序型・混合型の3つのタイプに分けられます。
ジョディ・フォスター
無秩序型は衝動的に殺人を犯してしまいますが、秩序型は綿密な計画のもとに用意周到に被害者を殺害します。殺害のための、また罪に問われないための知識もあり、いずれも一見、普通の人で、社会の一員として溶け込んでいます。秩序型と無秩序型を合わせた混合型もいますが、何らかの原因でいずれかに変容することも。
レクター博士を見てみると、被害者と性的接触はしていないようですし、長い間逮捕されずに過ごしていたことから、刺激を求める秩序型のシリアルキラーと考えられます。被害者を文字通り「食う」ことから、彼が求める「刺激」とは「美味」のことなのかもしれません。
『ヒッチコック』 -(C) 2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
レクター博士のモデルとなった4人
-(C) 『カニバル』
レクター博士のモデルとなったのは、アメリカ犯罪史上でも特に名が知られた4人のシリアルキラー人です。有名になったのは、その行いが並外れて残忍で、猟奇的で、常軌を逸していたから。「殺人鬼」と呼んでも余りある怖ろしさを感じますが、4人の要素を結集したのがレクター博士の人物像です。
何れ劣らぬ残虐性の持ち主の4人。その1人1人をご紹介します。
■ジェフリー・ダーマー
『ハンニバル・ライジング』 サブ1
ジェフリー・ライオネル・ダーマーは1980年代を中心に連続殺人を展開したシリアルキラーです。通称「ミルウォーキーの食人鬼」。高校を卒業して間もなくの頃に最初の殺人を犯し、30歳で逮捕されるまでの間に17人の犠牲者を出しました。
ジェフリーは両親の不和と孤独の中で幼少期を過ごし、1人で過ごすことの多い子供に育ちました。あるとき、化学会社の研究員だった父から昆虫採集用の化学薬品セットをプレゼントされ、小動物の骨を採集するのに夢中になります。猫やねずみの死骸を強い酸につけて骨を取り出すのがおもしろかったのだと言います。
-(C) 『カニバル』
しかし、ほかのシリアルキラーとは異なり、ジェフリーは生きた動物を虐待することはありませんでした。もっぱら事故などで死んだ動物の死骸を探し出しては骨を採集していました。IQは145と高かったのですが高校時代の成績はよくなく、素行不良の問題児でした。
孤独の日々を過ごしていたジェフリーは高校を卒業して間もなくのある日、ヒッチハイカーを拾いました。年令が近い青年です。話すうちに趣味が近いことがわかり、ジェフリーは彼を自宅に誘い、語り合いました。他者と打ち解けて話すことがなかったジェフリーにとってはじめての楽しい時間です。
マッツ・ミケルセン-(C)Getty Images